だれにも見られなくなる

「生産コストがゼロに近づくほど、利益もゼロに収束する」と言われています。なぜでしょうか。考えてみるとわかると思いますが、生産コストがゼロに近づくほど、コンテンツやサービスは急増するのです。急増より激しく、カンブリア紀を迎えると表現することもあります。実際にネット上のコンテンツ(文章・テキスト)に関しては、人間がつくっているコンテンツ量をAIが抜いたと言われ始めました。ショートムービーなどは、AIでつくっているのがわかると思います。実際に知り合いの方が、AIで歌手をつくり、曲をつくり、音楽配信しています。ダウンロード販売をしています。以前からやりたかったことを実現したので、楽しそうでした。

このように、プロの領域だった世界が、誰でもつくることができる世界へ突入しています。だから、量が増え、利益がゼロに近づいていくわけです。結果として、ネット、オンライン上のコンテンツは
「誰にも見られない」
ものになって行くのです。埋もれていくわけです。それがスタートしたと思ってください。

限界が出てくる

ある研究者の論文があります。Armin Catovic氏の「The Economics of Builder Saturation in Digital Markets」です。

この論文が着目したのは、
・無限につくれるデジタル製品
・有限な人間の「アテンション(注意力)」
のミスマッチです。

生成AIによって商品(コンテンツ)を作るコストがほぼゼロになれば、参入障壁は消え、市場には大量のプレイヤーが流れ込む。しかし、人間が1日に使える時間は24時間と有限。

注意を向けられる対象には物理的な限界があるのです。見ることは疲れることもあるので、限界があるのは実感するでしょう。供給が無限に膨らんでも、需要側の「見てもらえる枠」は増えないのです。

結果として、ひとつの商品(コンテンツ)が得られる平均的な注意は薄まり続け、利益はゼロに収束していく。この構造を「ビルダー飽和効果」と名づけ証明しました。実感していることを証明してくれたわけです。

勝者が総取り

論文がさらに踏み込んでいるのは、この「利益ゼロへの収束」が均等に起きるわけではないという指摘。初期の知名度、ブランド力や品質のわずかな差が、複利的に効いてくるそうです。

多くの人に見られた商品(コンテンツ)はさらに多くの人に口コミされ、注目されなかった商品(コンテンツ)はますます埋もれていく。勝者総取りの世界が強まっていくと予測されているのです。この点は忘れないようにしましょう。

まとめ

取り上げた論文は、生産の民主化が利益の民主化にはつながらないこと示しています。そうなると方向性を見失いますね。見てもらうには、広告料をかけて見てもらう選択肢だけになりそうです。急激に変わってきたのを感じます。長年運用をしていると、このような変化を直に感じています。数値の変動が大きく、さまよっている領域だと感じているこの頃です。

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スキマ時間に読めるビジネスリーダーのための『経営情報Web Magazine ファースト・ジャッジ』fjコンサルタンツ 藤原毅芳(fujiwara takeyoshi) 運営 執筆