当たり前のルールにある深い根拠

ミーティング、会議、選挙、国会(政治)での採決。あらゆる場面で「多数決」というルールを使っています。その中でも特に「過半数」、つまり半数を超える賛成で物事を決めるのが一般的。「多い方を選ぶ」というのは当たり前のように感じますが、なぜこのルールがこれほどまでに信頼され、採用されているのか。その根拠を考えてみます。また、過半数が正しいのかもあらためて考えてみたいと感じています。

根拠①:全員の意見を平等に扱うため

民主主義社会の根底には、「一人ひとりの意見は、誰のものであっても等しく尊重されるべき」という大原則があります。役職や肩書きに関係なく、同じ「1票」としての価値を持ちます。

もちろん、全員の意見が一致するのが理想ですが、現実にはなかなかそうはいきません。そこで意見が割れたとき、「より多くの人が支持する案」を全体の意思とみなすことが、全員の意思をできるだけ公平に反映する方法だと考えられているのです。そうやって考えると、過半数というルールは、この「個人の尊重」とという理念を形にしたものだと感じます。

根拠②:社会を前に進めるための知恵

もし多数決というルールがなかったら、どうなるのか。想像してみます。

意見が対立するたびに話し合いは延々と続き、何も決まらない「デッドロック」状態に陥るはずです。何も決まらず先送りにされ、課題は残ったままの状態が続きます。最悪の場合は、ずっと課題が残り続ける状態になるでしょう。悪化する一方です。組織や社会が機能するためには、どこかで結論を出し、行動に移さなければなりません。そのための手法として過半数ルールができたのでしょう。これは過去の時代から続く、人類が編み出した問題解決の知恵とも言えるでしょう。

多数決は「万能薬」ではない

ただし、忘れてはならないのは、多数決が常に正しいとは限らないということ。数の力で少数意見を軽視したり、踏みにじってしまったりする「多数派の専制」という危険性もはらんでいるのです。また、過半数にすればいい、といった数集めを目的としてしまうと意味がなくなってしまいます。

まとめ

組織や政治の世界で派閥ができ、過半数争いが発生するのは見たことがあるでしょう。単なる数集めで過半数を取り、その後分裂する歴史も振り返るとよくあることです。何を目的にするのか、何をゴールにするのかを見失わないようにしたい領域です。

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