そこまでもらっていないのでやりません
「そこまでの給与はもらっていないので、これ以上はやりません」と主張する人がいました。職場で、こうした言葉を耳にしたことがある人は少なくないでしょう。言い分としては筋が通っているように聞こえます。報酬に見合った労働を提供する。それは労働契約の原則です。しかし、この考え方を徹底する人が長期的にどうなるかを見ていると、思うことがあります。ひょっとして「いちばん損をする」ことになるかもしれません。その点を考えてみたいと思います。
判断することが問題
問題点は、自分で「そこまでの給与はもらっていない」と判断していることです。仕事は100%他人評価の世界。自分で評価すればするほど、乖離が生じます。その乖離が後から取り返すことができなくなるケースもあるのです。しかも、自分の能力開発も止める行為にもなりかねません。自分で成長を止めているのです。これももったいない。
複眼思考で見れば、目の前の業務を通じて得られるスキル、経験はすべて、将来の自分の市場価値を形づくる「見えない報酬」と考えることができます。「給与分しかやらない」と線を引いた瞬間、この見えない報酬の流入が止まります。結果として、数年後にはスキルが停滞し、任される仕事の幅も広がらず、給与が上がる根拠そのものを失ってしまう。給与を守ろうとして、給与を上げる可能性を自ら閉ざしてしまっている。そこに矛盾を感じるのです。
「損得勘定」の時間軸が短すぎるのでは
「給与に見合わない仕事はしない」と考える人の多くは、損得勘定自体が間違っているわけではありません。問題は、その計算の時間軸があまりにも短いことです。
今月の給与と今月の仕事量だけを比べれば、「割に合わない」と感じる場面はあるでしょう。しかし、仕事で得た経験やスキルは複利のように効いてきます。今年引き受けた少し背伸びの仕事が、来年のポジションを決め、3年後の収入を変える。キャリアとは短距離走ではなく、積み上げの構造です。目の前の一局面だけで損得を判断する人は、この積み上げの力学を見落としているのではないでしょうか。
まとめ
誤解のないように言えば、これは「サービス残業を受け入れろ」という話ではありません。不当な労働環境を我慢する必要はありませんし、適正な報酬を求めることは当然の権利です。しかし、「給与分しかやらない」という姿勢と「正当な権利を主張する」姿勢は、似ているようでちがうことを伝えたかっただけです。また、あくまでも個人の意見です。意見の相違はあると思いますが、遠い将来を考えると、方向性は決まるようにも感じます。
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スキマ時間に読めるビジネスリーダーのための『経営情報Web Magazine ファースト・ジャッジ』fjコンサルタンツ 藤原毅芳(fujiwara takeyoshi) 運営 執筆
