そこが目的ではない

手段が目的化してしまう現象があります。この内容については事例から見るとわかりやすい。たとえば、以下のような事例です。

成績の良いチームは一体感がある。なので、一体感をつくれば成績も良くなる。 まずやるべき事は一体感をつくることである。

これは 正しいのでしょうか。もともとの目的は、 良い成績をあげるですが、ここでは 良い成績を上げるための手段として、一体感醸成を手段として考えています。 一体感をつくるために時間をかけすぎたらどうなるでしょうか。 良い成績を上げることを忘れてしまい、一体感をつくり上げることが目的にすりかわってしまうことがあるのです。

過去事例

書きながらこんな事例を思い出しました。
仲がよく、雰囲気も良い組織。みんなが集まると、盛り上がって会話しています。しかし、仕事では成績がイマイチ。なぜだろうか、と考えながら接していたときに原因がわかりました。
雰囲気を大事にしており、仲が良いことを重視していたのです。そのため、誰1人としてチームのために何ができるのかを考えるには至ってなかったのです。 成績を上げるために、まずは雰囲気からと考えていたのでしょう。
この場合だれも仕事のことや会社のことを本気で考えていません。いわゆる当事者意識がないチームに陥っていたのです。

スポーツでも同じらしい

スポーツでは試合に勝つことがゴール。そのためにさまざまな手段が用いられます。その中で勝利の経験のある方はこんな疑問を投げかけています。「チームの一体感をつくると勝つことができる」のは本当か?と提議しています。

というのも、スポーツは勝利すると「今回のチームは一体感がある」と断定されます。そのため、勝つために「一体感からつくろう」とする意見が出てくるのです。 一見正しいように見える論理です。 こうした論調はチーム内でも賛成する人が多く、採用されることもあるからです。

しかし、勝利チームを率いたリーダーは「一体感があるから勝ったのではない」という気持ちがあるのです。勝った後に一体感と評されるが、メンバーはチーム勝利のために一人ひとりが懸命に尽くしただけなのです。勝利のために尽くした結果が一体感につながっただけということ。このカン違いは実際に多いのかもしれません。

プロセス通りにならない

①方向性をひとつにする 
②一体感をつくる 
③勝利する 
という三段論法が成立すればいいのですが、簡単にそうはなりません。理由はわかるでしょうか。その三段論法には、「だれがやるのか」が不明確。一体感はあっても、責任感のないチームになったり、依存心の強い人ばかりになることもあります。特徴としては「よい雰囲気」であり、なごやかな感じではありますが積極的に動く人はいない状態です。また、 一体感をつくることに時間をかけすぎてしまうこともあるのではないでしょうか。

心理的安全性が優先だった

3年前から、組織の「心理的安全性」が提唱されてきました。そのため、一体感を持つことが優先だという認識になっているようです。今でも、一体感を優先させようとする動きがあるようですが、世の中はフル稼働しています。組織全体をどのようにしてトップギヤに入れるのかを考える時期に来ています。特に一人ひとりのリーダーが組織全体に対して何ができるのかを決める時期だと実感しています。悠長に一体感をつくるような準備時間はあまりないのではないかと感じます。

厳しいのではない

「厳しいですよね」と最近も言われました。「あんな感じで厳しいのですか」とも言われます。リーダーに対して助言する場面を見てそう感じる人もいるようです。
組織・会社のために当事者意識を持っていないリーダーに対して「目的を伝えた」だけでも厳しいと言われてしまいます。それより先に「一体感をつくる」ことが優先されているからでしょう。それも間違いだとは思いませんが時期によっては優先順位が変わるものです。

まとめ

何度でもお伝えしていますが、経営はプロスポーツと似ています。成績に対して評価される組織(チーム)であり、それ以外にはありません。勝ってから達成感を味わい、一体感を感じます。

そのため手段が目的にすりかわってしまうことは避けたい。目的は目的であり最優先。それだけです。一体感がある、一体感がない、を決めるのは外部の人からの評価だけにすればわかりやすい。組織内では、達成後に「一体感があった」と評価すればいいのではないでしょうか。

「勝つとみんな一体感があったって言うけど、一体感からチーム作りをすると失敗する」 岡田武史氏:株式会社 今治.夢スポーツ 会長

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スキマ時間に読めるビジネスリーダーのための『経営情報Web Magazine ファースト・ジャッジ』fjコンサルタンツ藤原毅芳執筆